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SPARKLEJOURNAL / 日本のひとこま

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古銭と歴史

古銭と暦から 日本の歴史をのぞいてみる

和同開珎、寛永通宝、円、旧暦。小さなお金と毎日のカレンダーを手がかりに、日本の歴史と世界とのつながりをたどります。

日本語の全文記事です。英語版は要約です。

OBSERVE · RECORD · EXPLORE
抽象的な装飾イラストです。実物写真、古銭の復元図、販売商品ではありません。

日本の歴史を知りたいと思って年表を開くと、人名と年号の多さに立ち止まってしまうことがあります。そんなときは、毎日使うものから始めてみませんか。ものを買うためのお金。約束の日を決めるカレンダー。当たり前に使っている道具にも、形や決まりが変わってきた道のりがあります。ここでは日本史全体を短く言い切る代わりに、古銭と暦からいくつかの場面をのぞきます。

運営:株式会社カネトミ(SPARKLE運営会社)。SPARKLEオンラインショップへのリンクは、自社商品のご案内です。 公式資料等をもとにした記事であり、現地取材の報告ではありません。

最初のお金を探すと 歴史の見方も変わる

「日本で最初のお金は?」と聞かれて、和同開珎を思い浮かべる人は多いかもしれません。708年に発行された貨幣ですが、それ以前に富本銭がつくられていたことが、飛鳥池遺跡の発掘から明らかになりました。さらに無文銀銭の存在も知られています。貨幣博物館の案内は、そうした発見を踏まえて、日本のお金の始まりを説明しています。

ここで面白いのは、古い知識を一つの新しい名前に置き換えることだけではありません。「最初」という言葉で、何を知りたいのかを考えてみることです。つくられたことなのか、使われたことなのか、広く行き渡ったことなのか。問いを少し具体的にすると、資料を見るときの目も変わります。

歴史の説明は、発見や研究によって詳しくなっていきます。以前に覚えたことと違っていたら、そこで興味を失うより、何が見つかったのかを確かめてみる。小さな銭から、過去を知る方法そのものにも近づけます。

出典:日本銀行金融研究所 貨幣博物館 お金の歴史に関するFAQ

江戸の財布には 一つの物差しだけがあったわけではない

江戸時代には、金貨、銀貨、銭貨が使われていました。代表的な単位を見ると、金は両・分・朱、銀は重さの匁、銭は文。三貨制度と呼ばれる仕組みですが、すべてが今の円と同じ感覚でそろっていたわけではありません。交換には相場が関わりました。

よく知られる寛永通宝は、1636年から幕府による本格的な鋳造が進み、広く使われるようになった銭貨です。丸い外形と四角い穴、そこに並ぶ文字。まずは、その形をゆっくり見てみましょう。同じ名を持つ銭でも、具体的な年代や種類は資料で確かめる必要があります。文字が読めたことと、一枚の正体が分かったことは、少し違います。

「一両はいま何円?」という疑問も出てきます。けれども、時代が違えば、ものの作り方も働き方も変わります。貨幣博物館も、何と比べるかによって答えが変わると説明しています。一つの換算額を覚えるより、米ならどれくらい買えたか、仕事の報酬ならどうか、と比べるものを決めた方が、暮らしが見えてきます。

出典:日本銀行金融研究所 貨幣博物館 お金の歴史に関するFAQ · 文化遺産オンライン 寛永通宝 東北歴史博物館所蔵 · 日本銀行金融研究所 貨幣博物館 江戸時代の1両は今のいくら

海の向こうとのつながりを お金から考える

江戸時代は「鎖国」の時代と呼ばれます。それを、海外との接点がなくなった時代と考えると、見えなくなるものがあります。国立歴史民俗博物館は、長崎、対馬、薩摩、松前という窓口を通して、人や品物、情報が行き来していたことを紹介しています。相手や地域によって、関係のあり方も異なっていました。

その後、幕末の開港にともなって起きた金貨の流出も、海外とのつながりから見ていく必要があります。貨幣博物館は、国内外での金と銀の交換比率の違いなどを説明しています。同じ金属でも、交換の決まりが違えば、人が取り引きする動機も変わるのです。

たとえば、ある場所で銀から金へ交換し、別の場所で金から銀へ戻したとき、手元の銀が増えるとしたらどうでしょう。交換比率の違いは、金貨が動く理由になります。身近な買い物では気にしない交換の仕組みが、国をまたぐと大きな変化につながる。その道筋を追うと、お金を通して世界のつながりが見えてきます。

出典:国立歴史民俗博物館 第3展示室 国際社会のなかの近世日本 · 日本銀行金融研究所 貨幣博物館 日本貨幣史

円と日本銀行は 同時に生まれたのではない

現在につながる通貨単位「円」が導入されたのは、1871年の新貨条例です。それまでの仕組みを改め、円・銭・厘という十進法の単位が採用されました。いつも使う「円」も、時代の変化の中で選ばれた仕組みでした。

日本銀行の開業は、その後の1882年です。貨幣博物館の解説では、紙幣の価値の安定や近代的な通貨・金融制度を整えるため、松方正義が中央銀行の設立を進めた経緯をたどれます。円という単位ができること、銀行ができること、お札の発行が整理されることは、同じ一日の出来事ではありません。

最初の日本銀行券が発行されたのは1885年。つまり、1871年に円が導入され、1882年に日本銀行が開業し、1885年に日本銀行券の発行が始まります。三つの年を「何が変わった年か」と一緒に見ると、制度が段階を経て整えられたことが分かります。古銭から始めた話が、今日の買い物へ少しずつつながってきます。

出典:日本銀行金融研究所 貨幣博物館 お金の歴史に関するFAQ · 日本銀行金融研究所 貨幣博物館 日本銀行と日本橋 · 国立公文書館 日本銀行が開業する

カレンダーにも 暮らしが切り替わる瞬間がある

明治初めには、お金だけでなく暦の仕組みも変わりました。国立国会図書館の解説によれば、太陽暦への改暦は1872年に発表され、1873年から実施されました。旧暦の明治5年12月2日の翌日が、新しい暦の明治6年1月1日になったのです。日付を順に眺めるだけでも、当時の人にとって大きな変化だったことを想像できます。

それ以前の太陰太陽暦は、毎年必ず13か月あったわけではありません。月の満ち欠けを基準にしながら季節とのずれを調整するため、閏月が入る年がありました。古い記録の月日を、今のカレンダーの同じ月日とそのまま重ねないようにすることも大切です。

同じ国に暮らしていても、時代が違えば、買い物の数え方も、一年の数え方も違う。そのことに気づくと、「昔の人も今の自分と同じはず」という見方から、少し自由になれます。暦の変化は、制度の話であると同時に、約束や行事をどう暮らしに組み込むかという身近な話でもあります。

出典:国立国会図書館 日本の暦 江戸から明治の改暦 · 国立国会図書館 日本の暦 暦の渡来と普及

小さな問いを持って 次の一枚を見る

次に古銭や古い絵を見かけたら、すべてを理解しようとしなくても大丈夫です。何と書いてあるか。何に使われたか。いつのものと分かっているか。そのうち一つを選んで、博物館の解説や資料を確かめてみましょう。分かっている事実と、まだ分からないことを分けるのも、楽しみの一部です。

日本の文化を、一つの性格や一つの考え方だけで説明することはできません。地域や時代、人によって見える景色が違います。それぞれのものに近づきながら、自分が気になった理由も大切にする。知識を増やすだけでなく、次に何を見たいかが増えていく読み方をしてみたいと思います。

古銭は、ここでは値上がりを期待する商品ではなく、暮らしを知る資料として取り上げています。この記事は、個別の古銭の真贋、価格、希少性や投資価値を保証するものではありません。まずは博物館や公開資料で、一枚の向こうにある時間を楽しんでください。

次の行き先を、公式情報で

旧記事の日本史・文化への関心を引き継ぎ、貨幣と暦に焦点を絞った改稿です。日本史全体の通史ではありません。史実、研究上の説明、筆者の見方を混同しない構成にしています。